私たちのお店ひなたエキスは、お客さんに素材の美味しさを届けたいという思いから始まった。
素材そのものの味を濃厚に味わってもらうため、なるべく手を加えすぎず素材をふんだんに使うようにしている。
例えば、苺スムージーにはコップ1杯分の苺を使い、桃のスムージーには、ほとんど丸々ひとつ分の桃を使っている。
ただ、素材を沢山入れることが、必ずしも美味しさに繋がるとは限らない。
そのことを教えてくれたのは、しいたけのポタージュだ。
初めての試作の際、とにかく沢山のしいたけを入れて作ってみたけれど、味見をしてみると何かが物足りなかった。
素材をたくさん入れているのにどこかが惜しい。
そんな時、驚くほど味に変化をもたらしてくれた調味料が、味噌だった。
思いつきでほんの少し加えてみたところ、旨味がぐんと深く広がった。
そのお陰でしいたけのポタージュは無事メニューに加わることになり、今ではお店の看板商品となった
。ひなたエキスでは、私が学生時代にインターンをしていた石孫本店という蔵元の味噌を使っている。
この味噌は、しいたけのポタージュの味を支えてくれているだけでなく、ひなたエキスが目指す在り方の師匠でもある。
石孫本店があるのは、秋田県湯沢市。自然が豊かで水の綺麗な、雪の深い地域だ。
冬はぐんと冷え込むけれど、夏にはしっかり気温が上がる。
味噌の醸造蔵は昔ながらの造りをしていて、最新設備や空調設備などは導入されていない。
季節の移り変わりに沿って、人の手の届く範囲で環境を整えながら、150年以上味噌の手造りを続けてきた。
味噌に使っている材料は、お米、種麹、大豆、塩、の4つのみ。
お米と大豆は近くの農家さんが育てているものを使い、種麹も、近くのもやし屋さんのものを使っている。
工程もとてもシンプルで、蒸したお米と種麹から米麹を作り、蒸した大豆、塩を合わせて、樽の中で熟成させたら出来上がり。
シンプルな材料と、シンプルな工程から、深い旨味が生まれている。
今回の訪問では、その背景には、菌と自然と人の営みの重なりがあることを教えてくれた。
味噌は生きている。正確には、味噌の中には菌が生きている。
味噌づくりで大切なのは、麹菌と、酵母菌の2つ。
麹菌が、お米と大豆から、糖とアミノ酸を作り出し、それを酵母菌がアルコールに分解する。
この一連の働きを”発酵”と呼び、発酵によって味噌が熟成される。
そのため、麹菌と酵母菌がいかに気持ち良く働けるか、が、味噌作りにとって重要となる。
石孫本店では、この菌たちが働きやすいように環境を整えるお手伝いを、蔵人さんが手作業で行っている。
例えば、味噌作りの一番最初は、麹菌をお米のベッドの上で育てることから始まる。
まずは、蒸したお米を机の上に広げ、手でお米をほぐす。
手先の感覚を頼りに、麹菌にとって丁度良い温度になったのを確かめてから、種麹をまき、優しく揉み込んでいく。
小さな木箱に少しずつ分けて貯蔵室へ移動させたら、そこから3日間、木箱に毛布をかけたり、木箱を組み替えたり、手でほぐしたり、部屋の換気をしながら、麹菌が育っていくのを見守る。
お米の周りにふわふわとした白いものが付いてきたら、麹がすくすくと育った証拠だ。
手をかけて大切に育てられた米麹は、なんとも可愛らしい。見ているだけで幸せになれる。
熟成の期間に入ってからは、自然の温度に委ねる。
この蔵元の気候では、一度は夏を越さないと熟成が十分に進まない。
機械で温度を調節すれば数ヶ月で熟成を終えることもできるが、ここでは熟成に必要な暖かさがやってくるまで、半年以上じっくりと待つ。
その間に、熟成樽の木肌に住み着く酵母菌が味噌の中に入り込み、ゆっくりとこの蔵独特の味わいを生み出していくのだ。
天然秋田杉でつくられた大きな木樽の中で、100年以上繰り返されてきたこの営みが、今も粛々と続いている。
水、米、大豆、菌、気候、そして人。
石孫本店は自然と共にあり、与えられているものを最大限に用いて、人の日常を支える調味料を造り続けてきた。
その姿に、豊かさは既に自然の中にあること、それらをひとつひとつ丁寧に見つけ出していけることを教えてもらった。
秋田に今あるものは何か、それをどう普段の生活で楽しめるか。
ひなたエキスとしてできることを、これからも考え続けていきたい。
帰り際、建物の入り口に置いてある立て黒板を目にした。
日替わりでその日の天気や蔵で行っている作業など、お客さんへのメッセージが書いてある看板だ。
手書きの文字が温かい。お店からお客さんへのメッセージ、良いな。
ひなたエキスでもこの黒板使おう。こんなところでも師匠に学びつつ、今回の訪問を終えた。