秋田で暮らしていると、自然がとても近くに感じられる。
何気なく散歩をしているだけで、夕陽に照らされた田んぼの美しさに息を飲むことがあるし、ふと顔をあげた先に、満天の星空が広がっていることもよくある。
道端には可愛いらしい野花が咲いていて、畑ではおじいちゃんたちが野菜を収穫している。
こうした、日々の中で心が揺れる瞬間から着想を得て、ひなたエキスの商品は生まれている。
私がこうして自然を感じられるようになったのは、秋田に引っ越してきて、たくさんの自然の師匠と出会ったからだった。
師匠は、日頃から自然とともに生活している人々だ。
小さい頃から山や川で遊んできた友達だったり、身の回りのものをなんでも自分で作ってしまう農家さんだったり、お茶と漬物を作るのが上手なおばあちゃんだったり、山菜をよく知るおじいちゃんだったり。
今回はその中のひとりである秀雄さんが、雪山のトレッキングに連れて行ってくれることになった。
秀雄さんは私の山の師匠で、ひなたエキス田沢湖店にある小さな丸太の椅子も、彼が山から切り出してきてくれた。
今回のトレッキングのお目当ては「黒文字」という植物だ。
実は私はお茶が大好きで、おやつのお供には必ずお茶を入れる。
聞くところによると、どうやら木の枝から作れるお茶があるらしい。
黒文字は香りも豊かで高級爪楊枝にも使われているそうだ。これは贅沢なお茶体験ができるに違いない。
田沢湖の自宅を出発して1時間半。秀雄さんとの待ち合わせ場所である阿仁に到着した。
開店してからバタバタしていて、秀雄さんにしばらく会えていなかったので、久々に元気な姿をみられて嬉しい。
目的地の裏山は、そこから車で3分ほどのところにある。
車を停めると、普段は林道が続く場所に2m以上の雪が積もっていた。
田沢湖よりももっと雪が多い…。
スノーシューを履いて雪の上に上がる。
スノーシューは、履くと底面積が広くなるおかげで雪に沈みこまずに前へ進める優れものだ。
ふかふかとした雪の上をスノーシューで歩くのは、普段山を歩く時とはまた違う感覚で面白い。
林道に沿ってのそりのそりと歩いていると、まっさらな雪景色の中に、丸い跡が点々と続いているのを見つけた。
何かの足跡だ。
小さな丸が等間隔に連なっているのがテンの足跡で、小さな丸が縦に2つと、縦長の丸が横に2つ並んだ足跡がウサギの足跡らしい。
雪が降ると、人でも動物でも、誰かがそこにいたことが目に見えて、なんだか温かい気持ちになる。
先頭を歩いていた秀雄さんが林道からそれて、林の奥へと入っていった。
夏だったら入っていくのをちょっと躊躇う脇道も、葉が落ちる冬は遠くまで見渡せるし、雪のおかげで歩きやすい。
秀雄さんは色々な植物を教えてくれた。
熊の大好物の実をつけるミズキに、タラノメに似ているけれど、さっぱりした味わいの山菜コシアブラ。
トチノキは、その実が貴重な食料だったことから、”土地の木”と名付けられた。
丁寧に説明してくれるけれど、うーん、どれも同じに見える…
「普段だったらすぐ見つかるんだけどなあ。ほとんど雪の下に埋まってしまっているだろうな。」
ツルアジサイや山葡萄、ハリグリ、ダケカンバを教えてもらったところで、秀雄さんがつぶやいた。
今年は積雪量が多く、背がそこまで高くなることがない黒文字は、雪の下に埋まってしまっているらしい。
「こっちも見てみよう」と案内してくれた杉林をしばらく進むと、やっと1本の黒文字と出会えた。
急斜面の上の方に生えていて、辿り着くのが大変そうだ。
同行していた若い地元の方が、軽い身のこなしで上まで上り、なたを使って、黒文字の枝をとってくれた。
幹の部分から取ってしまって大丈夫だろうかと心配していると、黒文字は数年でまた育つから、採りすぎなければ大丈夫だよ、と教えてくれた。
有り難く、自分たちが必要な分を頂くことにする。
帰り道、少し開けたところでお茶っこにすることに。
雪を踏み固めてレジャーシートを敷き、座り込むと、意外と足が疲れていたことに気がついた。
水筒に入れて持ってきた水をやかんに入れ、簡易コンロにセットする。
枝をよく見てみると、黒緑色の樹皮に、楕円形の斑点がある。
折ってみると、ハーブのような爽やかな香りがした。すごい、こんなに良い香りの木が山に生えているのか。
匂いの成分が出やすくなるかな、と、なるべく皮を剥ぐようにして細かく割いていき、お茶パックに入れてやかんの中へ。
火をつけてから5分ほどで、お湯が沸々してきた。蓋を開けてやかんの中を覗いてみる。まだ色は出ていない。
コンロの火に手を当て、暖をとりながら待っていると、ぶわっといきなり黒文字の香りに包まれた。
みると、お湯が湧いてやかんの口から湯気が吹いている。
湯気にのって黒文字の香りが広がっているのだろう。
アロマを焚いているみたいに周囲がいい匂いに包まれた。
できたお茶をそれぞれのカップに注いで、温かいうちにみんなで頂く。
今日のお茶請けは、秀雄さんが用意してくれていたバター餅。
今回は生の枝からお茶にしたけれど、普段は天日干しして乾燥させたものを砕いて、煮出しているらしい。
なんだか柔らかい味わいでいいね、とみんなで話しながら飲むお茶は、とても美味しかった。
ゆっくりしていたら、雪が少し強くなってきた。そろそろ帰ろうか。広げていた荷物を畳んで、帰路へつく。
片手には、一本の黒文字の木。さて、帰ったらどんな風に楽しめるかな。