お店を営業していると1週間の中に自然とリズムが生まれてくる。
月曜日は、届いた椎茸をペーストに。火曜日は、1週間分のカップにシールを貼って、水曜日は、仕入れた果実や野菜の仕込みに集中、、、といった具合。
今日はそのルーティンのうちの一つ、苺の仕入れの日。
お店から車で30分くらいのところにある苺農家さんの畑を目指して出発した。
車を走らせながら、果物を仕入れに行くこの時間が、オープンの時の初心に帰らせてくれているなあと感じる。
苺農家さんの畑まで行く時、田沢湖の湖畔を半分周る。
車窓に湖と空を眺めながら車を走らせる。今日は雲が出ている。
湖は灰色がかっていて、その先に見える山々も青白くぼやけている。
そんな日の田沢湖は中学生の時に習った水墨画が滲んでいく様子に似ている。
お天気が良いときの深い青色も、日に照らされているときのキラキラ光る白も、夢の中のようなぼんやりとした淡い灰色もみんなも好き。
そんなことを考えていると、クネクネした次のカーブが近づいてくる。
田沢湖畔の道から山道に入ってひと山超える。
しばらくすると、秋田内陸線の線路が見えてきた。単線の線路を一両編成の可愛い列車が走っている。
実はまだ乗ったことがない。列車が田んぼの真ん中を走り、森の中に消えていくところはいつ見ても不思議な気分になる。
車を運転していると、田沢湖に住んでいても、実はあまり近くのことを知れていないんだと思う。
だから普段気に留めないようなことに目を向けてみて、まだまだワクワクする世界が広がっていることを確かめられるこの時間が好き。
農家さんの家の近くの小さな無人駅が見えてきた。
駐輪場に自転車が置いてある。誰かがここから電車にのったみたい。
農家さんの畑に行くためには、川にかかった細い橋を渡る。橋を渡るとまるで世界が分かれているように空気が変わる。
トトロの森に来たみたい。
タイヤが砂利の上を走る音と、草の潰れた匂いがすると、ここに来たんだなと感じる。
こんなところにおばあちゃんの家があったら、なんて素敵な夏休みを過ごせるだろうか。
車を倉庫の近くに止めて勝手口からご挨拶すると、いつもお母さんが「よぐ来たな〜」と笑顔で迎えてくれる。
苺の重さを測りながら、いちごの様子や、最近あった出来事ことの世間話をする。
今日は、苺農家さんの畑の裏にある小さい山の話を聞いた。
その山はどんじの山と呼ばれているそうだ。
苺農家のお父さんとお母さんが若い頃に、春の山菜や秋のきのこをよく採りに行っていたらしい。
整備された道はなくて、自分たちで草をかきわけ道を開いて歩き回っていたとか。
自分たちの暮らしの中に山があるってどんな感覚なんだろう。今の私の生活には自然はあるかな。
今の時期の苺摘みは、朝6時ごろから始まるらしい。
少し前までは残暑が厳しくて、まだ涼しい朝4時頃から摘んでたみたい。太陽の浮き沈みのリズムで生活する人たちなんだ。
店と家との往復だと、いつも手にとって仕込んでいる野菜や果物が、どんな場所から来たのか、どんな風に育ったのか、誰が世話をしたのか、
そういう背景から切り離されがちだ。
食材が育つ畑があって、そこには土や水、農家さんがいる。
他にも食材を運んだり、販売してくれる人がいる。
そうやって私たちの手元に届くことがとてもありがたいことだと感じる。
私たちも、農家さんが丁寧に作ってくれた果物や野菜を使って商品を作らせてもらっている。
そんな機会をいただいてとても嬉しくいなと思い返した。
赤く実った苺を、その場で味見させてもらう。
爽やかさが口に広がり喉を通る。
お、少し甘いのかな?いちごの酸味と風味が際立っていた夏に比べて、秋の苺は少し甘味が出てきた気がした。
そのことを農家さんに話すと、「朝晩気温が下がるようになると苺は甘くなっていく」と教えてくれた。
秋が近づいて日照時間が短くなると、苺が赤くなるまでに時間がかかる。
時間をかけて苺が育つのでサイズも大きくなっていくらしい。
露地栽培の苺は10月ごろが一番甘くなる。
次第に1ヶ月ほどで収量が少なくなっていき、雪が降り始める11月から4月ごろまでお休みに入る。
4月に手入れが始まり、花が咲いて、6月ごろになるとまた収穫できるようになる。
季節によって苺の味や見た目が少しずつ変わっていく。品種も株も同じなのにとても面白い。
ひとしきり農家さんとお話を楽しんだ帰り際、いつもお裾分けにくれる野菜がミニトマトから栗に変わっていた。
田沢湖はもうすっかり秋が来ているんだな。
秋を迎えて甘くなってきた苺をたくさん車に積んだら、鮮度を落とさないようにちょっと急いでお店へ帰る。
帰ったらすぐ仕込みだ。
お店に帰ってから、ひとつひとつ苺を手にとってヘタをとる。この淡々とした時間も結構好きだ。
お店に差し込む太陽の光が傾いていく中、今日の1日を振り返りながら苺を丁寧に仕込んでいく。